本論考は、「都心タワマンが栄華を誇る一方で、郊外マンションに“次の夢”は残されているのか」という問いを手がかりに、郊外マンションは本当に“オワコン”なのかを考える試みである。前回は、この問いに向き合うにはまず歴史的な文脈を押さえる必要があると考え、東京とその周辺がどのように人々に住まわれ、住宅供給や人口移動の変化を通じて現在の都市構造が形づくられてきたのかを整理し、議論の出発点とした。今回はその続きとして、戦後に東京圏がどのように拡大し、どんな住居・通勤構造が「都心優位」を支えてきたのかにスポットライトを当てながら、話を進めていきたい。
LDK誕生
間取りは「支配」し、タワマンは「生存戦略」となる
1. 「nLDK」というシステムによる生活の分断
少し話題はズレるが、ここで間取りの話をしておこう。私たちが当たり前だと思っている「nLDK」という形式。実はこれ、20世紀後半に定着した比較的新しい概念だ。 空間構造をグラフ理論で分析すると、興味深い変化が見えてくる。かつての日本の住宅は、部屋と部屋が繋がり合う「リング型(回遊構造)」だった。襖を開ければ空間が繋がり、寝室が客間にもなる。そこには機能の固定化を拒む「柔軟な豊かさ」があった。
しかし現代のマンションは違う。玄関から廊下が伸び、各個室へ分岐する「ツリー型(枝分かれ構造)」が支配的だ。 これは、いわゆる「PP分離(パブリック/プライベート分離)」と呼ばれる形式である。リビング(公)と寝室(私)を明確に切り離すこの設計は、プライバシーを確保する一方で、家族のあり方を「個の集合体」へと変質させた。「分ける」設計の中で、それでもリビングに集まろうとする現代家族のねじれ。間取り図には、私たちの葛藤が刻印されている。

(隣接グラフによる集合住宅住戸の間取りの分析[25]より引用)
2. 「外国人が買い占めている」という嘘
次に、タワマンを巡る最大の誤解を解こう。「東京のタワマンは中国人が買い漁っている」——そんな言説をよく耳にするが、データは残酷なまでにそれを否定する。 湾岸エリアの調査によれば、外国人購入者はわずか約4%。では誰が買っているのか? 約30%を占めるのは「パワーカップル」だ[27]。
ここで重要なのは、彼らが単なるDINKS(子なし共働き)ではないという点だ。実態は、DEWKS*(Double Employed With Kids=子育て共働き)が過半数を占める「パワーファミリー」なのである。
*一方、DEWKSはDINKSよりも圧倒的に多いが、3世代等の世帯とともに減少傾向ではある(図)。
彼らの一部は30代で東京23区を脱出しているが、決して田舎へ帰るわけではない。横浜、川崎、さいたま——「都心への通勤圏内」にある郊外都市のマンションへ戦略的撤退を選んでいるに過ぎない。彼らにとって住居とは、職住近接を維持するためのベースキャンプなのだ。

(パワーカップル世帯の動向[28]より引用)

(令和 6 年度版 男女共同参画白書[29]より引用)
3. 「時間」と「安心」を買うための装置
なぜ彼らは、高額なタワマンを選ぶのか? 第一の理由は、やはり「立地」だ。共働きの子育て世帯にとって、時間は命そのものである。 駅から5分か10分か。このわずかな差が、保育園のお迎えに間に合うか、夫婦の分担が成立するかを決定づける。「高いから」ではない。「家庭を回すため」に、彼らは立地という時間を金で買っているのだ。
第二の理由は「資産性」である。現代社会はリスクに満ちている。雇用も年金も不確実な時代において、タワマンは「資産価値が下がりにくい」という一点において、最強のリスクヘッジ商品となる。 ここで見逃せない不都合な真実がある。駅前再開発には多額の「公費(税金)」が投入されることが多い。つまり、公的資金によってエリアの価値が嵩上げされ、その果実(資産価値向上)を享受できるのは、タワマンを購入できる富裕層だけという構図だ。 タワマンを買うこと。それは単なる住まい選びではなく、公的支援と資産市場の勝ち馬に乗るための、極めて合理的な生存戦略なのである。
[25] 花里俊廣、篠崎正彦、佐々木誠『隣接グラフによる集合住宅住戸の間取りの分析 -民間分譲マンション・導入期の集合住宅住戸・現代建築家による提案の比較-、日本建築学会 第1回 住宅系研究論文報告会論文集』31-38
[26] 晴海フラッグ
[27] 「湾岸タワーマンションを買っているのは誰なのか」を調査。本当に現在でも外国人は買っているのか?
[28] パワーカップル世帯の動向-2024 年で 45 万世帯に増加、うち7割は子のいるパワーファミリー
[29] 令和 6 年度版 男女共同参画白書
[30] 都道府県・主要都市のマンションストック戸数&マンション化率 2024
[31] タワーマンションが人気の理由
[32] 平山洋介『住宅政策のどこが問題か』(光文社新書)2009
<続く>

